あったかくなってきたので
ヤモリさんが出てきました。
お久しぶりです。
壁を歩けると
お空を飛んでいる気分になれるのでしょうか。
今日はみんなでお出かけでした。
千葉県の佐原というところです。
あの伊能忠敬さんはここの出身なんだそうです。
正確には佐原の伊能家に婿養子に来たんだそうですが。
伊能家の商売を再建して49歳で隠居して50歳から
勉強を始めてそこから日本地図作成の偉業がスタートしたわけです。
で
なんで佐原にお出かけしたかなんですが
ママのパパが伊能さんちの斜め前に住んでたらしいんですよ。
有名人との意外な接点が思わぬところにころがっているもんです。
じゃーん
伊能先生です。
この御御足が日本中を歩き回った剛脚です。
クラムのお散歩の師匠と呼ばせていただきます。
いやいやクラムのお散歩とはわけが違います。
さて
伊能先生もお散歩したかもしれない街をぶらぶらしてみました。
道の両側には古い日本家屋が並んでいます。
そこがたい焼き屋さんだったりうなぎ屋さんだったりお蕎麦屋さんだったり。
クラムも飼い主も本気で住んでみたいと思ってしまいました。
しかし今日は暑かったですね。
神社の桜もそろそろ見納めでしょうか。
神社の脇にちょっとした展望台があって
そこに上ると佐原の街が一望できるのです。
絶景‥‥ですけどちょっとビビッているのは内緒です。
充実のお散歩でした。
飼い主が最近ホラー小説をよく読んでいることは先日書きましたが
今度は映画を見始めました。
小説を原作とした邦画なのですが
観る度に眉間に皺をよせ
苦虫を噛み潰したような顔をしています。
観終わってからクラムの肉球を揉みつつこう言うのです。
カルピスと思って飲んでみたら米のとぎ汁だった。
しかも奴等はこれをカルピスだと言い張っている。
怒りの先に絶望がありそのまた向こうは虚無だった。
蛇口から落ちる水滴を2時間数えているほうがよっぽど有意義だった。
そんなことクラムに言われても困ります。
しかし例えばですよ
神話を軸にして太古から続く神々のおぞましい呪いが
権力者の傲慢と私欲と少しの慈しみによって奇病として現代に復活し
民俗学者と憑代の少女が人類壊滅の危機に立ち向かう
という物語があったとしましょうよ。
壮大な主題と人間くさい登場人物たち。
余計な修飾を省きながらそれでいて
情景が目の前にあたかもその場にいるかのように浮かぶ滑らかな文章。
無感動な飼い主が思わず涙するような珠玉の名作ですよ。
それがですよ
タイトルと登場人物の名前のみを同じにし
内容といえば原作を全く無視した
今時小学生でも赤面するようなうすーい
びっくりグロ系ホラーにすり替わっているとなれば
クラムも首を傾げざるを得ません。
脚本家の頭の中にはおがくずが詰まっているのはわかりましたが
原作者の方の心情はいかばかりでしょう。
やむにやまれぬ大人の事情でもあったのでしょうか。
もしや無許可ではあるまいかと疑ってしまいます。
もちろん全部が全部原作を冒涜するような内容であるとは思いませんし
表現をわかり易くしたり尺に収めたりするには脚色も必要でしょう。
映画だけ観ればこんなのもありじゃないかなとも思います。
しかし原作に陶酔していればいるほど
映像とのギャップは埋めようのない溝となり
違和感は憤りや失望となって観る人の心を抉るのではないでしょうか。
あと名作も駄作もレンタル料が同じというのも
不満を煽っているんじゃないでしょうか。
がっかり度に応じて料金が安くなるとか画期的なシステムはないんですかね。
回転が悪く棚の隅で埃をかぶっているような作品は二束三文で
なんだったら熨斗までつけてレンタルしてもらえないもんですかね。
B級はB級として楽しんでいらっしゃる方もいることですし。
そんなわけで飼い主は見えている地雷をわざわざ踏みにいくような
真似は二度とすまいと堅く誓った次第であります。
ながながと書きましたが要するにアレです。
飼い主が言いたかったのは
おわかりですね。
ご唱和ください。
お金返してーーー